2026年10月03日

肉食論�G―エピローグもはや肉を食べることはできない

世界で急増する肉消費

 世界の人々はいま肉を多く消費している。10世紀初頭の肉消費量は平均で約10�s/年だったが、2013年にはこれが約43�sとなり、現在のペースでは2050年に約53�sとなるであろう。これだけでも、食肉の生産を2倍にしなければならない[p277]。

 例えば、いま、インドではステーキハウスが大流行している。加えて、牛肉輸出国の第一はブラジルだが、インドはオーストラリアを抜いて世界第2位となっている[p252]。もっともインドが輸出しているのは建前上は水牛である。インド国内では肉は「水牛」と表示され、輸出されると「牛」に直される[p258,p259]。PETAの現地支部の話によれば、国内には約3万もの違法な食肉処理施設があり、牛をステーキに加工しているという[p259]。インドも一人当たりの肉摂取量は米国の約125�sに比べて約3�sにすぎない。しかし、消費量は急増している。インド都市部での家禽類の消費量は2000年に対して2030年には1277%になるとされている[p252]。

 ラオスの都市住民では2000年から2030年で家禽類の消費が1049%増えるとされている。牛肉も2000年から2030年にかけて、マレーシアでは牛肉の消費量が159%、カンボジアでは146%増すとされる。中国では現在に加えて、2205万トンもの豚肉が消費されるであろう[p252]。

 中国は20世紀の初期には国民の肉消費量は年間に3�s以下だったが、現在では、地球上の豚肉の半分以上鶏肉の20%、牛肉の10%を消費している。13億人の人口をかかえる中国が米国人が食べているのと同じ量の肉を食べるならば、地球上で生産される豚肉の70%以上が食されることとなろう[p265]。

 こうした変化を科学者たちは栄養転換と呼ぶ。ステージ1の狩猟・採集、ステージ2は農業、ステージ3は飢餓の減退、ステージ4が変性疾患、ステージ5が行動変革である。

 ステージ3では農業は改善されてステージ2での農業とともに始まった深刻な飢餓は過去のものとなるが、まだ食べ物は未加工で素朴なままだ。けれども、その後、砂糖や脂肪がたっぷりの質が悪い食事の段階に入る。欧米がいまこの段階にあたる。けれども、栄養学者たちは、さらに、ステージ1の社会で消費されていたものと似たものを消費する状態に戻ると予測する。つまり、肉の量をもっと減らし、果物や野菜、全粒粉の消費量が増す。現在、アジアで起きていることはステージ3からステージ4への転換である[p253]。

 年収が1,000ドル増える毎に一人当たりの肉消費量はアジアでは1.18�s、アフリカでは1.63�s、中東では3.99�s増えるとの研究がある[p253]。肉を食べると健康が損なわれるにもかかわらず、苦労して稼いだ金が肉に使われるというのだ[p254]。

世界で最初にベジタリアンから転換した日本

 アジアで肉への食欲を最初に、かつ、比較的短期間で確立した国が日本である。ほとんどベジタリアンの状態から肉を愛好するまでになった過程を日本は垣間見せてくれる。中世の日本はベジタリアンも同然の国で、仏教も神道もいずれも植物を中心とした食事を奨励していた。肉を遠ざけた最大の要因は農地不足である。家畜を飼育するには多くの土地を必要とする。そこで、675年には最初の禁止令が発令され、牛、猿、鶏、犬を食べてはならないとした[注][p254]。

 18世紀には肉が健康によいとの考え方がオランダ人によって植え付けられる。やがて、日本人は背が高いヨーロッパ人たちが食べている肉が多い食事が進歩の証であり、封建的で階級制社会との決別の象徴であるとみなすようになっていく。1872年1月24日に明治天皇(1852〜1912年)が公の場で初めて肉を食べ、肉を食べる許可を国民に与える。わずか5年で東京での肉消費量は13倍に跳ね上がった。それは、朝鮮からの輸入で可能となった。

 明治政府は軍を強化する手段としても肉が必要だと考えた。当時、徴兵された者のうち16%以上が152cmに満たなかった[p255]。それでも、1939年の時点でも典型的な日本人は肉を1日にわずか2.8gしか食べていなかったが、それが、現在は133gとなっている[p254]。

Den-Fujita.jpg 第二次大戦後に、日本人は米軍に占領されたことによって、戦争の勝者たちがハンバーグやステーキやベーコンをたらふく食べる姿を目にした。日本マクドナルドの社長、藤田田(1926〜2004年)は「千年間ハンバーガーを食べ続ければ金髪になれ、食を通じて世界に伍していける真の国際人を育成できる」と当時の日本人の間に広がっていた感情をうまく表している[p255]。

菜食主義よりも進歩を求めて肉食が進むインド

 いま、インドで起きていることはかつて日本で起きたことと似ている。その背景には成功者の一員になりたいとい願いがある[p256]。ステーキやハンバーガーを食べることは世界を飛び回る多国籍企業で働く集団に属しているとの印であって、キャリアの上でも役立つ[p257]。菜食主義は保守的であり、時代に逆行しているとの印象がある一方で、肉を食べることは現代化や進歩を表している[p261]。

 欧米の倫理的ベジタリアンからすれば、神聖な牛を殺したり、菜食主義をいとも簡単に捨てられることが理解しがたい。しかし、インドにおいては菜食主義が意味するものは欧米とは異なる[p259]。インドでは食肉用の動物が体験する苦しみについてメディアでとりあげられることはまったくない[p261]。インドにおける菜食主義は牛に対する尊敬の念からではなく、非暴力(アヒンサー)という概念から発展した。アヒンサーとはすべての生命は神聖であって傷つけてはならないとの考え方で、ヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教を貫く共通概念である。つまり、アヒンサーとは暴力がどのように魂に作用して品性を損なうかという人間についての概念であって動物についての概念ではない。だから、自分の手で殺したり、誰かに殺すように依頼しなければ、自分自身の魂を汚す暴力は行われなかったことになり、自分自身には害は及ばない。だから、ブッダは肉を食べていたし、マハービーラもネコが殺した鳩を数羽食べたことがある[p260]。

平等を求めてファストフードが広まる中国

Yan-YunxiangS.jpg 中国で肉消費が増えている理由も日本やインドと似ている。肉は贅沢や富、権力、西洋を象徴するものであり、インドと同じく肉を食べることは旧弊な社会階級を否定することを意味する。人類学者、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のユンシャン・ヤン(Yunxiang Yan)教授は「多くの人は平等の瞬間を体験するためにマクドナルドに通う」と書く。伝統的な中国の飲食店では、客の間で贅沢な料理を注文するかで見栄の競争がなされているが、欧米のファストフードのチェーン店では、すべての客が社会的地位や財産に関係なく同じように敬意をもって扱われる[p266]。個人主義や民主主義と関連づけられる欧米文化も体験できる[p267]。これが、マクドナルドやケンタッキーフライドチキン等のファストフード店が中国で繁盛している理由のひとつとなっている[p266]。

 加えて、インドとは違って中国では仏教徒の間でも菜食主義がさほど根づかなかった[p267,p268]。インドでは高貴なものといえば菜食であり、バラモンのエリート層が最高位に君臨していた時代には、民衆はベジタリアンに憧れた[p268,p273]。しかし、中国では僧侶は菜食であっても上流階級は肉を貪り続けた。公の場で社会の和を保つためには肉をわけあうことが求められ、官僚は出世するには肉を食べなければならなかった。菜食主義は高官にはふさわしくないといなされた。また、伝統的な中国の食事療法でも、野菜はおおむね「冷たい」食べ物とされ、疲れたときには「温かい」食べ物、肉で滋養を摂る必要があるとされた[p268]。言葉の影響もある。「家」は「豚」のつくり屋根を載せたものであり、標準の中国語で発音すると「鶏肉」と「魚」は、「富裕」や「豊富」と同じ音になる[p269]。

 中国の一人当たりの農地は0.08haしかない。家畜飼料を国内では生産できない。そこで、中国は海外に依存する。過去十年で米国からの中国への豚肉の輸入量はほぼ十倍に伸びた。その後、中国最大の食肉加工企業、双匯(そうかい)インターナショナルが米国の大手企業スミスフィールド・フーズを買収し、世界最大の豚肉生産者となった。米国はこれでマネーを得ることになったが、反面、肥料で汚染された農地や抗生物質耐性菌を抱え込むこととなった。

 また、中国は国内の家畜用に大量の飼料も輸入する[p272]。トウモロコシやダイズを栽培する農地の多くはアメリカで、一部は東欧、アフリカでも確保されているが、過半数はラテンアメリカだ。すでにブラジルのダイズ輸出量の80%以上は中国向けである。同様のことがアルゼンチンでも起きている[p273]。中国共産党は過去の宗教的な運動と結びついているために菜食主義を警戒している。一方、ブラジルやアメリカから農地を輸入できるために、共産党は肉食を全面的に支持している[p274]。共産党政府は、豚生産者に補助金を出したり、税金を免除したり、保険を提供したりして、国民が豚肉を買い続けられるように計っている[p270]。

誰もが肉を食べるだけのゆとりは地球にはない

 誰もが現在、米国人が食べているのと同じ量の肉を食べたらどうなるだろうか。すでに地球上の農地の33%は家畜飼料栽培のために使われている。2050年に93億人になるとされる全人類が米国風の食事を望むのならば、2014年の肉生産量のほぼ4.5倍が必要となり、牛乳も同量が必要となろう[p276]。

 けれども、牛肉1�sを生産するには約13�sの穀類が必要だし、米国では生産される穀類の60%を家畜が消費している。水もそうで、牛肉1�sを生産するには約1万4,000ℓもの水が必要だ[p277]。だから、欧米風の肉中心の食事を全人類に供給することはできない。肉消費を減らさなければ、気候変動や水不足、環境汚染が避けられない[p301]。

 現在でも人類が放出する温室効果ガスの14.5%が家畜由来だ。地球温暖化を防ぐには肉の消費量を減らさなければならない。2℃の温度上昇を防ぐにはカロリーベースで肉や乳製品の75%を穀類やマメ類の代替えしなければならないと科学者は言う。そう。人類は、フレキシタリアンに速やかに移行しなければならない[p278]。もはや余裕はなくステージ5に移る時代なのだ[p275]。

肉を止めることのメリット

 栄養転換の次に必要なのは行動の変革だ。肉を穀類、野菜や果物、マメ類中心の食事に切り替えなければならない。それには、肉の意味を理解して枷をひとつずつ外していく必要がある。まず、肉の味は、旨味や脂肪、メイラード反応で発生する香気を効果的に取り混ぜた製品で代替えできる。タンパク質はマメで代替えできる[p302]。植物中心の食は健康的なだけでなく、経済的であることも強調されるべきだ[p303]。

 おびただしい数の研究から肉の消費が心臓疾患、糖尿病、癌につながるリスクがあることがわかってきている[p296,p301]。加えて、インドではすでに6,100万人が2型糖尿にかかっているし、2030年にはこの数が2倍になると予測されている。中国でも成人の30%以上が太りすぎた。つまり、1億人が肥満なのだ[p270]。

 ヨーロッパでは乳製品や肉製品への農場助成金を打ち切れば、脳卒中や心臓疾患による死亡が少なくとも年間1万3,000人防げるとの試算もある[p291]。加えて、米国では抗生物質の総量の80%は家畜生産に使用され、毎年2,300人の米国人が抗生物質耐性菌が原因で命を落としている。だから、肉の消費が減れば、抗生物質耐性を懸念する必要も減る[p296]。

 また、ヨーロッパでは2014年の研究から肉消費量を半分にすれば窒素の総排出量が40%減り、大気と水質が大幅に改善されるとされている[p296]。食料生産に必要とされる農地が一人当たり23%少なくてすむ[p297]。そこで、肉課税も必要かもしれない[p290]。もっとも、デンマークで実施された「脂肪税」(飽和脂肪酸1ポンドあたり0.77€を課税)は、家畜産業界の反対もあって短期間で廃止された[p291]。

栄養学の知見を踏まえて文化を変える

 マハトマ・ガンディー(Mohandas Gandhi,1869〜1948年)も明治天皇と同様に一時期は、肉を食べることがインドの近代化に役立つと考えていた。19世紀末には、肉を食べることは国を愛する者の義務であり、インド人がイギリス人と同等の力をつけて強くなり、植民地主義を追い払えるようになるための手段だというのが一般的な認識だった[p261]。

 だが、その後、ガンディーは倫理学や栄養学の本を読み漁り、植物中心の食事は道徳的な観点から優れているだけでなく、健康上にも利点があると確信する。肉を食べてもインドが強国になるわけではない。もしかするとその反対になるかもしれないことを理解する[p262]。実際、インドの伝統的なベジタリアンの食事はタンパク質不足からは程遠い。レンズ豆やエンドウ豆他の豆が50種類以上あり、どれもタンパク質を豊富に含み、コメと一緒に食べれば完全なタンパク質となる。

K.T. AchayaS.jpg インドの料理を研究する歴史家、K.T.アチャヤ(K.T. Achaya, 1923〜2002年)は「インドを除く世界中のどの地域でも3,000年前に厳格なベジタリアンになることは不可能であったであろう」と断言する[p263]。

 文化を変えることはできる。かつて、ヨーロッパではジャガイモは人体には危険だとして豚の餌とされてきた。フランス王室はジャガイモ普及に多大な努力を払った。また、トマトも18世紀までは懐疑的にみられてきたし、ロブスターもかつては貧しい人々の食べ物であり[p299]、ピザも共産主義者の食べ物とされたため米国では流行しなかった[p300]。逆に白パンはかつては社会的地位や富の象徴だったが、いまでは全粉パンに劣るとみなされている[p300]。インドでは牛を食べることが非経済的になったときに牛肉をタブーとした。中世の日本でも動物性タンパク質を育てるための農地がなくなると多くの肉を支配者は禁止した[p302]。

[注] 天武天皇によって出されたもので、主に仏教の「殺生禁断(生き物を殺してはならない)」の教えに基づく。稲作への影響を考慮し、毎年4月から9月までの農繁期(期間限定)で、当時よく食べられていた鹿や猪等は、この時点では禁止の対象外であった。

編集後記
 本節はマルタ・ザラスカの『人類はなぜ肉食を止められないか』(2017)インターシフトの第11章「急速に肉のとりこになるアジア」、第12章「肉食と地球の未来」及びエピローグ「栄養転換ステージ5へ」のまとめである。


【画像】
藤田田の画像はこのサイトより
ユンシャン・ヤン教授の画像はこのサイトより
K.T.アチャヤ博士の画像はこのサイトより

【引用文献】
マルタ・ザラスカの『人類はなぜ肉食を止められないか』(2017)インターシフト
posted by フィデル at 07:00| Comment(0) | 食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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