2022年07月03日

土壌の総合管理とワン・ヘルス

IPMをベースに脱燻蒸を目指すEU

 真菌(fungal)や細菌性病原菌(bacterial pathogens)、線虫による土壌伝染病が、世界の農業生産にもたらしている被害は深刻だ。土壌伝染病を防ぐうえで最も幅広く用いられているのは「燻蒸剤」だ。

 例えば、カリフォルニア州は米国の90%以上のイチゴの生産産地だが、その大半は、大規模なモノカルチャーで栽培され、作付け前に臭化メチルとクロルピクリンによって、土壌燻蒸し、雑草防除する技術に依存して発展してきた。とはいえ、環境にも人間の健康にも悪影響を及ぼすことから、世界的には規制される方向にある。そして、世界で最も厳しく燻蒸剤を規制しているのは、EUだが、そこでは「IPMのアプローチ」で土壌伝染病を管理することを目指している。

 土壌生態系を抹殺するのが「燻蒸剤」であれば、地上生態系を抹殺するのが「農薬散布」だ。そして、IPMはこの反省から登場してきた。1940年代から1960年代にかけては「良い虫とは死んだ虫だけだ(the only good bug is a dead bug)」というモットーの下、害虫防除のために大量の農薬が散布されてきたが、環境全体が汚染されるだけでなく、1960 年代後半から 1970 年代前半にかけ、害虫の農薬抵抗性が高まり、害虫がリサージェンス(復活)したことから、「害虫のみならず益虫もいる」との認識が高まる。そこで、IPM の概念が開発されたのだった。

遅れてきた土壌病害の研究

 もちろん、土壌病害へのIPMのアプローチは始まったばかりだ。遅れた理由には、土壌伝染性病害管理に伴う難しさがある。例えば、IPMアプローチでは、まず、どのような害虫がいるのかを同定することが第一ステップとなるのだが、害虫と比較して、土壌伝染病菌は微小なことから、識別が難しい。

 なるほど「土の健康」という概念がある。この概念によれば、土壌は地球上でも最も多様性に富んだ生きた生態系だ。そして、植物や周囲の環境とも複雑に相互作用することで、健全な土は、食料や繊維の生産のみならず、きれいな水の供給、気候の安定化、生物多様性の保全、そして、病害虫の抑制といった多様な生態系サービスを提供できることもわかってきている。けれども、土壌生態系は複雑で不均一だ。多様な土壌生物、植物-土壌-微生物の相互作用を理解することは難しい。実験室ベースで土壌が健全かどうかを評価する手法や指標は数多く開発されてきた。pH、電気伝導度(EC)、可供態養分量、土壌有機炭素等を化学的に分析したり、団粒構造、スレーキ試験(slake test)、かさ密度等の物理的特性を調べたり、各種酵素活性、呼吸量、微生物バイオマス、リン脂質脂肪酸等の生物的特性を分析するものだ。けれども、土壌病害の研究はかなり欠落している。例えば、Web of Scienceのデータベースで調べてみると、2000〜2020年にかけ「土の健康」をテーマに3,120本の論文が発表されているのだが、うち、「土壌病原体」や「抑制性土壌(suppressive soil)」、「植物の健康」というトピックが含まれているのはたった4.7%しかない。IPMとは異なり、土壌伝染病では、症状が出る前に燻蒸するしかなかったのはこうした事情がある。

 とはいえ、過去20年間の分子技術や統計学の進歩によって、土壌-植物-微生物の機能に関する知識が急速に高まっている。IPMにおいて「良い虫」が「発見」されたのと同じく、善玉菌(Mendes et al., 2013)、共生菌(commensal)(Teixeira et al., 2019)、中核菌(core microbes)(Banerjee et al., 2018; Toju et al., 2018)の重要性が理解されつつある。抑制型土壌のメカニズムは、すこぶる活発な研究分野となってきているのだ(Schlatter et al., 2017; Duran et al., 2021; Samaddar et al., 2021)。

迅速かつ正確な分子診断技術の発達によって、土壌伝染性病原菌の「特定(scouting)」も現実味を帯びてきている。例えば、前述したカリフォルニア産イチゴの土壌伝染性病原菌について、バーティシリウム・ダリエ菌(Verticillium dahlia)、イチゴ-萎黄病(Fusarium oxysporum f.sp.fragariae)、ボトリオスファエリアス科植物病原菌(Macrophomina phaseolina)への分子アプローチが確立されつつある。

最先端は植物の知と記憶、そして、農民の叡智

 2021年のクリスティーナ・ラズカノ(Cristina Lazcano)らの研究から、根圏のマイクロバイオーム(rhizosphere microbiome)が土壌媒介性の病原体(soil-borne pathogens)に対する抵抗性に関与していることが発見された。土壌伝染病を予防するうえで、植物はどのように土壌微生物と相互作用しているのだろうか。それを理解するため、コロラド州立大学のエリン・レベッカ・ラプサンスキー(Erin Rebecca Lapsansky)が2016年に土壌記憶(Soil Memory)の概念を提起すれば、東亜大学のHyun Gi Kongは2019年に植物記憶(plant memory)の概念を提起。2020年には、南京大学のZhong Weiが根圏免疫(rhizosphere immunity)の概念を提案している。

 土壌バイオームのライフサイクル、構造、機能、および植物の健康との関係について理解が深まれば、有益な土壌微生物および土壌微生物群集の指標や閾値が特定の作物や農業生態系向けに開発されるかもしれない(Blundell et al.)。

 ただし、ここで問題がある。多くの病原菌は植物に特有なことから、効果的な管理を行うには、作物、農業生態系、あるいは、その「場」に特化した土壌の健全性評価と管理戦略を開発する必要がある(Miner et al. 2020年)。

 そこで、再びIPMが参考となる。生物的防除においては、知識集約的なアプローチを実施し普及させるために、トップダウンの普及活動よりも、農民間の社会的学習がより重要になった(Fakih et al., 2003; Warner, 2007)。つまり、IMPが大きく成果をあげたのは、農民同志での社会的な学びがあったからだった。

 そこで、村本譲司らは、IPMとアグロエコロジーの学際的・参加型アプローチ(Mendez et al, 2016; Anderson et al, 2021)の概念から、統合的土壌健康管理(integrated soil health management=ISHM)を提唱する。「土壌伝染病」をただ統合管理するだけでなく、学際的・参加型アプローチ(transdicisplinary participatory approaches)によって、全体としての土の健康の改善を目指すことが必要だというのだ。

アグロエコロジーの思想転換〜研究の受益者から主体へ

 参加型のアプローチがなぜ必要なのか。アグロエコロジーの面から、改めて振り返っておこう。Wenzel ら(2020)によれば、アグロエコロジーの原則には、リサイクル、投入資材の削減、土壌の健康、動物の健康、生物多様性、相乗効果、経済の多様化、知の共創(co-creation of knowledge)、社会価値と食、公正、つながり、土地と天然資源のガバナンス、そして、参加が含まれている。

 この「参加」が近代農業との違いだ。化学資材の燻蒸のような工業型農業のアプローチはどこでも使えるのに対して、アグロエコロジーは、ある特定の場に根差す知識集約的なアプローチ(knowledge-intensive approach)だ(Jacobsen, 1997)。こうした知識集約型システムへの転換には、従来のようなトップダウンの普及方法は使えない。

 そして、とかく、見落とされたり過小評価されたりしがちなのだが、農民たちが日々、圃場で観察することから獲得されるその場特有の知や、農業生態系や気候変動へのダイナミックな適応力がISHMの中心をなす(Stockdale, 2011)。そして、農民たちの経験的なその場特有の知を診断によって得られた科学的データと統合することで相乗効果が期待できよう(Lobry de Bruyn and Andrews, 2016; Šumane et al., 2018)。農業生態学的知識と実践を検討し、微調整し、スケールアウトする積極的なプレーヤーとして、農民はその中心に据えらるのだ(Blundell et al., 2020; Anderson et al., 2021)。

農民参加型の総合土壌健康管理

2022040221s.jpg 村本らが提起するシステムは、農民たちのその場固有の知と適応性(location-specific knowledge and adaptability)、包括的なその場特有の土壌健康診断、一連の土壌健康管理手法、そして、意思決定のための支援ツールと4要素からなる(図1)。

 栄養循環、保水力、炭素変換等の土壌の特性を測定する既存の土壌健康測定システムとあわせ、土壌中の病原体密度と、生物学的・非生物学的特性からこの標的病原体に対して、どれだけ土壌に病害抑制力があるのか(Postma et al., 2014; Schlatter et al., 2017)。診断システムは、健全な生産のため、植物の健康指標(栄養分、クロロフィル含有量、菌根(mycorrhiza)、エンドファイトコロニー形成率(endophyte colonization rates)、病原菌感染率等のモニタリングで、包括的に土壌の健康度を評価していく。

 EUのプログラムでは、その場、固有の土壌伝染病や土壌健康管理戦略に合わせて、予防のための実践や一般的・特異的な抑制力によって病害抑制を強化(例えば、有機改良材の適用、被覆作物、輪作、宿主抵抗性の利用)といった様々な一連の土壌健全性管理手法(soil health management practices=SHMPs)をもって、土壌の健全性を向上させている(Abawi and Widmer, 2000; Raaijmakers et al., 2009; Hiddink et al., 2010; Larkin, 2015; Rosskopf et al., 2020)。そして、ASDや燻蒸等のより集約的なアプローチは、土壌の健康診断の結果に応じて、「必要に応じて」適用される。

 EUは、予防(認証種子、衛生、雑草防除)、モニタリング(土壌サンプリング、バイオアッセイ(bioassay))、輪作(頻度、順序、緑肥、耐性品種)、追加対策(接ぎ木、生物防除剤,生物燻蒸、ASD、有機補正(organic amendments)、ソラリゼーション等)からなる「土壌衛生戦略アクション」(The Agricultural European Innovation Partnership (EIP-AGRI) Focus Group, 2015)を策定している。

 そして、意思決定支援ツールは、生産者の目標、知識、環境条件(土壌の種類、気候等)、利用可能なSHMP、土壌健康診断の結果他の要素に基づいて、サイト別の土壌健康管理戦略の策定を支援することになる。この意思決定支援ツールは、農業専門家、コンサルタント、農家間のネットワーク(社会的な学び)によって代替・強化できる。

統合土壌衛生管理システム、農業生態系の健康、ワン・ヘルス

 有機農業の社会運動のアドボカシーとともに、科学と実践としてのISHMが、IPMと同様に、土壌伝染病を予防し、土壌と植物の健康を維持する作付体系、そして、文化的な実践の再デザインに向かって発展する可能性を提案したい。

 村本はISHMが、さらに重要なのは、健康な土がもたらす威力は、作物の健康以上のものがあるからとも指摘する。図2をご覧いただきたい。これは、ISHMが「ワンヘルス」の概念とどのように関係しているかを示したものだ。

2022040220s.jpg 動物、人間、環境との間の健康をつなぐためいま「ワンヘルス(One Health)」という新たな概念が提案されているのだが(Karesh et al., 2012; Wolf, 2015)、この概念は、多様な微生物の循環(microbiome cycling)を通じて、土壌、動植物、人間、そして、生態系の健康が相互につながっていることを示唆している(Keith et al., 2016; van Bruggen et al., 2019; Altier and Abreo, 2020)。事実、マイクロバイオームを介して、土の健康が人間の健康に及ぼす直接的・間接的な影響への理解が深まっている(Wall et al., 2015; Stegen et al., 2018; Samaddar et al., 2021)。

 今から70年以上も前の1947年に有機農業を提唱したアルバート・ハワード(1873〜1947年)卿は「すべての生き物は生まれながらにして健康だ(The birthright of all living things is health)」。この法則は、土壌、動植物、そして、人間にも当てはまる。これらの健康は、ひとつのつながった鎖なのだ。「この鎖の先端にある健康上の弱点や欠陥は、後続する鎖に引き継がれ、最終的に人間にも到達する(Any weakness or defect in the health of any earlier link in the chain is carried on to the next succeeding links, until it reaches the last, mainly, man)」と書いた。

 この理解はまだ始まったばかりだとはいえ、微生物の循環と栄養循環に関する今後の研究が、健全な土と動植物、人間、生態系をつなぐ鎖をより理解する鍵を握っていくであろう(Altieri and Nicholls, 2003; Datnoff et al., 2007)。

【引用文献】
[1] Joji Muramoto, Damian Michael Parr, Jan Perez and Darryl G. Wong,Integrated Soil Health Management for Plant Health and One Health: Lessons From Histories of Soil-borne Disease Management in California Strawberries and Arthropod Pest Management.

編集後記

 まったく新たな「智」をもたらすのが、アカデミックだ。小熊英二氏が『論文の書き方』(2021)講談社現代新書で、科学とはなにかということで、以下のような素晴らしい整理をしている。

「科学とは説得や対話の技法である。それは、近代の科学が論文を公表して、相互批判や追検証を行いながら発達してきたからだ[p63]。『これは科学的に証明されていることだ。反論を許さない』と言ったら、それは『科学の名を借りた権威主義』といっていい」[p64]。

 いま、「〇〇大学の××教授がいったからだ」とか「農林水産省で講演をされた△△さんの農法なのだから」ということで上から目線であやしげな農法が跋扈している。それは、ゆきすぎた近代農業の弊害があまりにも目立つことの反動ではある。けれども、近代農業による農薬散布が危険だからといって、農薬をまかずに無農薬でできる◎◎農法がすべて正しいわけではないし、米国発活性汚泥法が非効率だからといって、それ以外にすべての水を浄化できる〇〇浄化法がすべて効率的なわけではない。

 ということで「ワン・ヘルス」をとりまくアカデミックな論文の要旨を紹介するという作業をしてみた。まだまだ不十分だとはいえ、精緻な「アカデミックな言語」を私を含めた庶民にも多少は解釈しやすい言葉へと変換する作業も必要だとおもっているからだ。例えば、情報屋が尊敬する長谷川浩博士は以下のようなメッセージを寄せてくれている。

「REGENERATION」には素晴らしい文章と考え方がある。例えば、野生生物の章のイントロに、「私たちの身体は、、、生態系である」とある」
こうしたことを目指したい。
posted by フィデル at 09:05| Comment(0) | 有機農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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